大阪地方裁判所 昭和40年(ワ)3847号 判決
原告
藤本アヤ子
ほか二名
原告三名代理人
安藤一郎
被告
株式会社鉄玉組
右代表取締役
木田弥義
被告
木田和男
被告両名代理人
上坂明
ほか二名
第一 主 文
一、被告会社は原告アヤ子に対し五八三、二〇〇円、原告芳雄同絹子に対し各五〇、〇〇〇円およびこれらに対する昭和四〇年九月一〇日から各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二、被告和男は原告アヤ子に対し五七三、二三〇円、原告芳雄同絹子に対し各五〇、〇〇〇円、およびこれらに対する昭和四〇年九月一〇日から各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
三、原告三名の被告両名に対するその余の各請求を棄却する。
四、訴訟費用は被告両名の連帯負担とする。
五、この判決一、二項は、かりに執行することができる。
六、被告両名が、各自原告アヤ子に対し五〇〇、〇〇〇円、原告芳雄同絹子に対し各四〇、〇〇〇円の担保を供するときは、右各仮執行を免れることができる。
第二 本訴申立て
被告両名は各自原告アヤ子に対し五九八、六二五円、原告芳雄同絹子に対し各一〇〇、〇〇〇円、およびこれらに対する昭和四〇年九月一〇日から各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
との判決ならびに仮執行の宣言。
第三 争いのない事実
一、傷害交通事故発生
と き 昭和三九年二月二二日午後零時五五分ごろ
ところ 布施市新喜多町三六四番地先
交差点
道路状況 アスファルト舗装の直線で勾配なく平坦にして見通しのよい東西道路と南北道路がほぼ直角に交差している。東西道路には歩車道の区別があり、右交差点には横断歩道の標識および標示がある。
事故車 被告和男所有の普通乗用自動車(大五ま九〇〇五号、被告車という)
運転者 訴外阪本務
受傷者 原告アヤ子(当時一五才)
態 様 訴外阪本は被告車を運転して東西道路を時速四〇キロメートルで東進中、本件交差点西側横断歩道手前で一時停止中の訴外北川忠雄の運転する普通乗用車に追突し、その衝撃により同車を前方に押し出し、おりから右横断歩道を北から南に手をあげて横断歩行中の原告アヤ子に衝突転倒させ、ために同原告は鼻骨皹裂骨折、上顎中切歯二本脱落、下顎両側歯二本の歯冠部一部破損、上顎部歯槽骨一部破損、口腔粘膜割創、両腸骨部損傷、両膝部擦過傷等の傷害を受け、外傷性副鼻腔炎を併発した。
二、被告会社、同代表者、被告和男の関係
被告会社代表取締役訴外木田弥義は古くから鉄玉組の商号で貨物運送業を営み、本件事故発生当時業務用の三輪貨物自動車六台等を保有していたが、その後昭和三九年七月二四日右鉄玉組を株式会社組織とし、みずから代表取締役に就任したものであり、被告和男は弥義の従弟である。
三、原告三名の身分関係
原告アヤ子は父原告芳雄、母原告絹子間の長女であり、事故当時布施市立第二中学校に在学中であつた。
四、原告アヤ子の損害の填補
被告会社が五一、五八〇円、訴外阪本が二〇、〇〇〇円を支払つた。
第四 争 点
(原告三名の主張)
一、被告両名の責任原因
(1) 訴外阪本は昭和三八年八月から訴外木田弥義と被告和男が共同経営する鉄玉組に運転助手として雇用され、自動車運転免許を有しなかつたが、弥義においてこれを知りながら、たびたび阪本に自動車を運転させていたものである。
(2) 本件事故発生当日、阪本は就業時間中に後記のように附近道路上にエンジンキーをつけたまま駐車中の被告車を練習のため運転中、前方注視の義務を怠り、かつ自車のガソリンメーターを見るのに気をとられ停止中の先行車の存在、歩行者の横断と事故発生とを予見できたのに拘らずこれを予見せず、先行車に近づいて初めてこれに気づき狼狽し適切な制動措置をとらず事故を惹起しかつ爾後の救護通報措置をなさずにその場を逃走したものである。
(3) 被告車は平素から弥義のガレージに他の車輛と共に格納されていたが、事故当日は被告和男においてその管理使用に特別の注意を怠り、弥義の実弟訴外木田正義がエンジンキーをつけたまま附近のアパート前路上に放置していたものを阪本が運転したものである。
(4) よつて弥義は民法七一五条、自動車損害賠償保障法三条により、被告和男は民法七一五条、七一七条、自動車損害賠償保償法三条により、いずれも本件事故により原告三名に生じた損害を賠償すべき義務を負担したが、弥義の右賠償義務は前記のようにして被告会社に承継された。
二、原告三名の損害<省略>
(被告両名の主張)
一、被告会社の責任原因について
(1) 訴外木田弥義は訴外阪本を昭和三八年七月二四日から鉄玉組の運転助手として使用していたが、同人の勤務状態はきわめて不良であり、昭和三九年二月は一六日から無断欠勤しており、ために弥義は同月一八日ごろ阪本を合意のうえ解雇した。
(2) かりに右の解雇が認められないとしても、阪本は昭和三九年二月一六日から無断欠勤しており、鉄玉組の運送営業とはなんの関係もない事故である。
(3) かりに阪本の運転が鉄玉組の事業の執行と関連があるとしても、鉄玉組と被告会社とはなんら人格の同一性はなく、債務の承継関係もない。
二、被告和男の責任原因について
被告和男は被告車を従弟の訴外木田正義に貸与したところ、同人がそのエンジンキーを友人に保管させている間に、阪本がキーを正義に無断で借り出し被告車を運転したものである。したがつて阪本の運行は被告和男のためになされたものではない。
第五 証 拠<省略>
第六 争点に対する判断
一、被告両名の責任原因
(1) 訴外阪本の過失
<証拠>によると、訴外阪本は被告車を運転して東進中、ガソリンの量を気にしてハンドルの右横にあるガソリンメーターを見るのに気をとられ前方注視を怠つたため、訴外北川の運転する前記自動車の発見が遅れ、同車の後方五、六メートルに迫つて初めてこれに気づき、あわててブレーキをふもうとしたがうまくふむことができず追突し、本件事故を発生させたことが認められる。したがつて阪本には運転者として当然なすべき前方注視を怠つた点に過失があるといわなくてはならない。
(2) 訴外木田弥義と被告和男の責任
<証拠>に前出争いのない事実を総合するとつぎの事実が認められ、反対の証拠は信用しない。
(イ) 訴外木田弥義は昭和七年九月木田喜一郎、同ヤエの養子となり、布施市御厨三〇九番地に自宅兼事務所を持ち、古くから鉄玉組(鉄玉運送店ともいう)の商号で自動車による貨物運送業を営み、本件事故発生当時にはトラック等数台の自動事を保有していたこと。
(ロ) 鉄玉組の従業員は運転手一〇名、助手二名であつたが、運転手の中には弥義の従弟にあたる被告和男(木田喜一郎、同ヤエの実子)と実弟にあたる訴外木田正義がいたこと。
(ハ) 訴外阪本は中学校を卒業してまもなく昭和三八年八月ごろから鉄玉組にトラック運転助手として雇用されたが、貨物の積みおろしをするかたわら運転免許を取得するため、機会あるごとに鉄玉組の自動車を利用し運転練習をしていたこと。
(ニ) 弥義は阪本に運転免許を取得させたいと思つていたので、阪本の右のような運転練習を黙認しており、時には前記和男や正義が鉄玉組の自動車で阪本に対し運転の指導をしていたこと。
(ホ) 被告車は被告和男の自家用車であり、本件事故発生の前日正義が生駒に行くためこれを借用していたものであるが、正義は生駒からの帰りが夜遅くなつたため、鉄玉組事務所の近くにある友人の辻昇方横路地にエンジンキーをつけたまま駐車させてもらつていたところ、その翌日阪本がこれを運転し事故を起こしたものであること。
(ヘ) 阪本は事故当日鉄玉組事務所で勤務中、被告車が右の場所にあることを知り、エンジンキーがついていることではあるし、以前に一度この車を運転したこともあり、所有者の被告和男や正義とは親しい間柄でもあつたので、附近をひとまわりしてこようと考え、前記辻昇の妹に断わつて軽い気持で運転したこと。
(ト) 被告和男は鉄玉組事務所から二〇〇メートルくらい離れたところに自宅を持ち、平素被告車を鉄玉組のガレージに格納してはいなかつたが、同組事務所に乗つてきて事務所前路上に駐車しておくことはしばしばあり、洗車や修理等のため時おり右ガレージを利用し、また従弟正義や友人に対したびたび被告車を貸与していたこと。
以上の認定にもとづき、まず訴外弥義の本件事故に対する責任の有無につき判断する。
前認定のように、自動車による貨物運送を営業とする鉄玉組の経営者たる弥義が被用者たる運転助手の阪本に運転免許を取得させたいと考え、同人が同組の自動車により運転練習するのを黙認ないし放任していた以上、阪本の右のような運転練習は鉄玉組の事業執行の範囲に属するものということができる。
ところで本件事故を起こした被告車は鉄玉組の自動車ではなく、被告和男の自家用車であるので、これによる運転練習をも同組の事業執行の範囲に属するといえるか問題であるけれども、被告和男と鉄玉組との前認定のような関係からして、同被告がこれを鉄玉組事務所附近に駐車させているときには、従兄の弥義や従弟の正義ら鉄玉組従業員がことさら同被告の承諾を得ることなく、ある程度自由に借用できる状態にあつたと推認される(証人阪本は弥義や鉄玉組従業員がたまに被告車に乗つていた旨証言している。)。このように被告車は鉄玉組とまつたく無関係ではなく、同組のためにも使用され得る自動車であつたと推認され、しかも本件事故当日は鉄玉組事務所の近くにある辻昇方横路地にエンジンキーをつけたまま駐車させてあつたのであるから、阪本が練習のため附近をひとまわりする程度においてこれを運転する行為は、客観的にみるとやはり鉄玉組の事業執行の範囲内に属すると認めるのが相当である。そうすると訴外弥義は阪本の使用者として民法七一五条にもとづき本件事故により原告三名に生じた後記損害を賠償すべき義務を負担したというべきである。
つぎに被告和男の本件事故に対する責任の有無につき判断する。
前認定のように、被告和男は鉄玉組の従業員であり阪本の使用者ではなかつたのであるから、民法七一五条による責任を負ういわれはなく、また自動車の運行中の事故につき民法七一七条を適用するのは相当でないので同条による責任も負担しないというべきであるけれども、被告和男は従弟正義に被告車を貸与し、正義がこれを鉄玉組事務所の近くにある辻方横路地にエンジンキーをつけたまま駐車させてもらつている間に、被告和男や正義らのもとで運転助手として働き、時どき同人らから自動車の運転指導を受けており、被告車の運転をしたこともある阪本が辻方家族に断わつて運転したのであるから、それはいわゆる泥棒運転とはいいがたく、しかも阪本としては附近をひとまわりする程度にとどめる積りであつたから、被告和男、正義、阪本の身分関係、親密度、被告車の利用状況、阪本の運転目的および運転範囲等より判断すると、本件事故当時被告車を運転中の阪本に対し、被告和男はいまだ支配力を失つていなかつたと認めるのが相当である。そうすると被告和男男は被告車の保有者として自動車損害賠償保障法三条にもとづき本件事故により原告三名に生じた後記損害(物損を除く)を賠償しなければならない。
(3) 被告会社の責任
<証拠>によると、被告会社は本件事故発生後の昭和三九年七月二四日成立し、資本金二、〇〇〇、〇〇〇円、代表取締役木田弥義、取締役被告和男、牧堅次郎、監査役井東実蔵として登記されていることが認められる。
しかし<証拠>に弁論の全趣旨を総合すると、被告会社は弥義の個人企業たる鉄玉組を組織変更したいわゆる個人会社であつて、組織変更をした特別の理由はなく、被告和男は同社の取締役の肩書を持ちながら、従前どおり運転手として働き日給一、三〇〇円を支給されているし、業務内容も前後まつたく同一であることが認められ、しかも右鉄玉組の営業資産(不動産、自動車等)の所有名義は弥義から被告会社に変更されていると推認できるので、被告会社の実体は右鉄玉組のそれと実質的に異なるものでなく、鉄玉組の経営者たる弥義の権利義務はそのまま被告会社に承継されたものと認めるのが相当である。そうすると、被告会社は本件事故により原告三名に生じた後記損害を賠償しなければならない。
二、原告三名の損害
(1) 原告アヤ子 六五四、七八〇円 (うち九、九七〇円は物損)
(イ) 療養費等 一〇五、八一〇円
A 竹井病院治療費 二九、三八〇円
事故当日から三月六日まで一四日間入院し、三月九日から四月八日までの間に一九日間通院した。<証拠>。
B 鈴鹿歯科医院治療費 一八、〇〇〇円
二月二五日から四月一五日までの間に二九日間通院した<証拠>。
C 耳鼻咽喉科寺尾医院治療費四、二〇〇円
二月二五日から四月一五日までの間に一五日間通院した<証拠>。
D 入院雑費(原告アヤ子主張のとおり)二、八七五円(弁論の全趣旨、経験則)
E 通院交通費 一、四四〇円(右同)
原告アヤ子が同絹子に付き添われて通院したのは、三月七、九、一〇、一一、一二、一三、一四、一六、一七、一八、一九、二一、二三、二四、二八、三〇、三一日、四月二、四、八、一一、一五、一七、二七日、九月二八日の計二五日であり、そのうち三月一一日は弥義の自動車を利用したというのであるから、一日一人往復三〇円として二人の二四日分計一、四四〇円となる。なお原告芳雄の通院費用を被告両名に賠償させるのは相当でない。
F アリナミン一五箱 一五、〇〇〇円
原告アヤ子は本件受傷後の治療のためアリナミンを服用している(<証拠>弁論の全趣旨、経験則)。
G 雑費(原告アヤ子主張のとおり)二、二七五円
(弁論の全趣旨、経験則)
H 付添いのための損害 三二、六四〇円
原告絹子は事故当時大成印刷株式会社の内職をして一日平均五一〇円の工賃を得ていたが、事故当日から四月三〇日までの間に六四日間原告アヤ子の看護のため休み、工賃三二、六四〇円の支給を受けられなかつた(<証拠>)。この損害は原告アヤ子の損害とみることができる。なお原告芳雄の欠勤による損害を被告両名に賠償させるのは相当でない。
(ロ) 慰謝料 五〇〇、〇〇〇円
原告アヤ子の傷害の部位程度、入通院日数のほか、<証拠>により認められる左記各事実を考慮した(いずれも原告アヤ子に関するもの)。
A 鼻筋に軽度の突起が残つていること。
B 上歯二本折損のため入歯をしていること。
C 副鼻腔炎は治癒困難であること。
D 事故後横断歩道を渡るのに恐怖心を覚えること。
(ハ) 物損(原告アヤ子主張のとおり)九、九七〇円
(弁論の全趣旨、経験則)
(ニ) 弁護士費用 三九、〇〇〇円(右同)
本件事案の内容に鑑み、原告アヤ子がその代理人に対し負担した弁護士費用は、被告両名に賠償させるのが相当である。
(2) 原告芳雄、同絹子(慰謝料)各五〇、〇〇〇円
<証拠>および弁論の全趣旨によると、原告芳雄、同絹子は長女の不慮の受傷により強い衝撃を受け、その看病に日夜心労し、同女の容貌の変化につき将来の結婚に不安を感じていることが認められる。このような事実のほかに前出すべての事実を考慮した。
三、原告アヤ子の損害の填補
被告会社が支払つた五一、五八〇円は、甲八、九、一〇号証により、前出(イ)療養費等のうちABCの治療費に充当されたことが明らかであり、また訴外阪本が支払つた二〇、〇〇〇円も弁論の全趣旨により右療養費等の一部に充当されたものと認められ、結局原告アヤ子の損害残額は五八三、二〇〇円(うち物損九、九七〇円)となる。
四、結論
そうすると、被告両名は不真正連帯債務の関係で、原告アヤ子に対し五八三、二〇〇円(ただし被告和男については右物損を除く五七三、二三〇円、原告芳雄、同絹子に対し各五〇、〇〇〇円)、およびこれらに対する本件訴状送達日の翌日たる昭和四〇年九月一〇日から支払いずみまで民法の定める年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるので、原告三名の本訴各請求を右の限度で認宮しその余を棄却する。
訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行および同免脱の宣言につき同法一九六条を適用する。(谷水 央)